君が求め続ける空 僕を突き動かす青:1


ーThe transparent and colorless worldー


「・・・・、名前、何?」

「あ?」

「僕、まだ、名前、教えてもらってない。」

「ああ、そっか。・・・喬一。沢村喬一。」

「さわむら・・・きょ・・・いち・・・」

「そう。」

「えっと・・・沢村さんでいいのかな?」

「あ?ああ、なんでもいいぞ。そんな堅苦しく呼ばなくてもいいし。
 
 うーん、そうだな。お前、ソラだし、俺も名前で、短く・・・キョウって呼べば?呼びやすいだろ?」

「キョウ・・・」


ソラが少し首を傾げて、“キョウ”と呟く。

あどけない仕草が妙に可愛く見えた。

海に溶けてしまいたいと言ったあの苦しそうな表情とは完全に真逆だったから。


「そ。宜しくな。ソラ。」

「・・・それ、きっと、僕の台詞です。」

「あはは・・・そっか。まあ、いいじゃんか。共同生活ってヤツするなら、挨拶は基本だろ?」

「・・・宜しく・・・お願いします。キョウ。」

「ああ。」



24歳の俺と多分14・5歳くらいのソラ。奇妙な同居生活が始まった。

衝動に任せるとはこのことで、まだ未熟者の自分が一人の少年をどうやって養うつもりだというのか。

勢いとは恐ろしいものだ。そういうことを何も考えないまま、簡単に動いてしまう。

危うげで繊細な小さな身体をただ放っておけなかったとは言え、捨て猫を拾うのとは訳が違う。

猫のように甘えてくれるなら、まだいい。

名前をつけて、一から十まで世話してやって、・・・そんな風にできた方がずっとましだと思った。

・・・ソラはとにかく、何も望まないのだ。

猫とは違って、俺が意味を理解できる言語を喋れる口があるのに、

その口から、欲求というものは何も生まれてこない。本当に難しい子供だ。



ソラは俺と出会うまでのことを一切言おうとしないが、

おそらく、ソラは、俺に出会う前、とても躾の厳しい家で育ったのではないかと思う。

言葉遣いも、食い方も、どこか上品だった。

割とガサツな俺との生活が大丈夫かと心配したくらいだ。



けれど、しばらくして、そんなソラに似合わない意外な癖を発見した。

俺が部屋にいる時、俺の行動を目で追い、常に俺の姿が自分の視界に入る位置に動いているのだ。


「ソラ?」

「・・・・・何?」

「お前、まだ気、遣ってんのか?」

「・・・・・そうじゃないけど。」

「じゃあ、何でずっと見てんだ?気になっちまうんだけど。」

「・・・・あ・・・ごめんなさい。」

「いや、いいんだけどな。」

「本当に?怒ってない?」

「そんなことで怒るわけないだろ?つまんねぇこと言って俺も悪かった。ほら、座れ、飯にしようぜ。」

「うん。」



ソラは常に人の顔色を伺っている。

嫌われないように、疎まれないように、

その人にとってどうすればいいのかを自分なりに考え、行動に移す。

今までもそういう生き方をしてきたのだろうか。

たった15歳の、まだ幼さの残る少年が。

そういうソラを見ていると、酷く痛々しくて衝動はさらに加速した。

年相応のソラが見たい。我侭を言って元気にはしゃぐ姿が見たい。


「ソラ、明日さ、どっか行こっか?」

「え?」

「・・・そうだな。近くの山とか行くか?弁当作って。」

「でも・・・キョウ、お仕事は?」

「俺が誘ってんの!大丈夫だよ。な、行こーぜ?」

「キョウが行きたいなら・・・いいけど。」

「じゃ、決まりな。楽しみだ。」


俺がソラに何がしたい?何が欲しい?と尋ねるのでは意味がない気もする。

でも、今のソラに、多くを求めても、困らせてしまうだけだから、

これからゆっくり、少しずつソラを、多くの色で染めてやりたい。

無色透明のソラの心の中に満ちる幸せの色を思い浮かべると、無性に嬉しくなった。


「ソラ、何が見たい?」

「何って?」

「俺は、お前の見たいものを一緒に見たいんだよ。」

「・・・・空。」



ソラの心に広がり続ける闇が青と呼べるようになるその日を

俺はソラと一緒に待つことにした。



「明日はきっと、いい天気だぞ。」





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