延長線:7


<side.m>

「俺、ホンマに好きやってん。その人の事。」

「うん。」

「大阪におる頃でな、それが初恋言うヤツ?けっこう、無口でさ、周りの人はみんな

怖い人とか思ってたみたいやけど、おれにはすごい優しい人やってん。」


昔を思い出すように大地は穏やかな顔をした。その目は俺には見えない誰かを見ていた。


「だから、俺、勘違いしてもーてんな。」

「・・・・大地。」

「自分だけ、特別なんやって。そんなんただの・・・・ただの・・・弟の俺への優しさやったのに。」

「・・・え?」


弟って・・・じゃあ・・・・大地の好きな人って・・・・


「そ、兄貴。吃驚してる?・・・・あ、でも、兄貴とは、血は繋がってへんけどな。

兄貴は、今の父さんの連れ子。俺の母さん、再婚したから。」

「義理のお兄さん・・・・」

「うん。・・・でもいっそ、血、繋がってたらええのに。ってめっちゃ思った。

そしたら、もっと綺麗さっぱり、諦められたかもしれへんしな。

俺、最低やねん。もし、親が離婚したら、可能性ある。とかそんなことまで、考えてた。

兄弟で男同士で…最悪やんな。ほんま…。」

「大地。」


自嘲気味にふっと笑って、大地は目を伏せた。


「たった1回だけ。どうしても、気持ち我慢できへんくなったことあってな。

兄貴が、俺以外の人に優しい顔で笑いかけてるの見てもーてん。

そんなん、俺だけの顔やなんて、思う方がおかしいんやって頭では判ってたけど、

抑えきれへんくなってもーてな。家に親おらんくて、2人きりになったとき、俺、告白してん。

兄貴、めっちゃ吃驚しとった。もちろん、兄貴は俺の事、弟としか思ってるわけないし、

初めは俺を叱ってたけど、でも、兄貴、俺には、ことごとく優しくてさ、俺のこと、

ちゃんと突っぱねられへんかったみたいでさ・・・その日、俺・・・兄貴と・・・」

「お前・・・まさか・・・」

「うん・・・・その日、たった1回だけ。兄貴と寝た。」


今まで、誰にも言えずに、苦しんだんだろうってことは、大地の震える肩を見て一目で分かった。

俺は大地が落ち着けるように、そっと、大地の背中を撫でた。


「それから、しばらくして兄貴はおらんくなった。多分、兄弟やのに、そんなことになってもーて

責任感じて、家を出たんやと思う。一応、こっちで働くために家を出るとは、言っててんけど。

俺に言うた住所には兄貴はおらんし、今、どこにおるのかさっぱり判らん。

多分、親にはホンマの事言ってるんやろうけど、俺は自分で探さなあかん気がしてな。

だから、俺、こっちの大学に入学したのは、兄貴を探して謝るためやねん。

俺の我侭のせいで、こんなことになって、兄貴の優しさ、利用して、ほんまにごめんって。」

「・・・そうか。」

「ごめんなぁ。こんな話。」

「いや、そんなことは気にすんな。誰にでも話せないようなこと、言ってくれたんだろ?」

「うん、人に言うたんは初めてやな。なかなかに濃い過去やろ?」

「ああ、かなりな。」

「ははは。ごめんなぁ。」

「まだ、好きなのか?」

「うん。それは多分。ずっと・・・好き。でもな、もう決めてん。

兄貴は兄貴やから。ちゃんと諦めるって。

それに、今は俺の事、大事に思ってくれる人、おるから。」

「そっか。」

「うん。サクラって言うねん。」

「桜?」

「字は違うんやけど、桜の花みたいに、見た人の心ん中パァーっと明るくしてくれるような人やねん。

兄貴以外ほんまに好きになれる人なんておらんと思ってたけど、

サクラやったら、いつかホンマに想えるんちゃうかなぁって思ってんねん。」

「結局、惚気かよ?」

「せやで。」

「うわ、お前、開き直りやがって!・・・・よかったな。」

「・・・・うん。」


報われない想いを持っていく場所は人それぞれ。

だから、ちゃんと俺は俺なりに決着をつけなきゃいけない。

俺は、藍の気持ちを尊重したい。

俺を気遣って、突き放してくれた優しい人の想いを・・・


「みなみは後悔したらあかんよ。」

「え?」

「俺は・・・兄弟やし、自分の力だけじゃどうにもならんから、諦めたけど、

諦めんのってけっこうしんどいで。

みなみは大好きな友達やし、いつも笑っててほしいんよ。だからな・・・・。」

「何、照れる事、さらっと言ってんだよ。」

「だって、ほんまやし。」

「・・・さんきゅ。」

「ま、離れて気付くこともあると思うけどな。」

「え?」

「いや、なんでもない・・・みなみもちょっとは、悪い人間になってもええんやで?」

「悪い人間?」

「そうや。俺、みたいにな。」

「・・・大地。」

「悪魔の誘惑やな。」

「なんだよ、それ。」

「俺は、どんなみなみでも味方やで。」

「・・・うん。」


大地が俺に言いたい事は何となく分かった。

諦めずに俺の想いを突き通せ・・・と。

大地は藍が俺の気持ちを受け止められないのを分かってるんだ。

それでも、なお・・・想いを貫くこと。


「それもキツイな・・・」

「そやね。」


大地は俺の肩をポンと叩いた。


「それでも、俺はみなみと藍くんには、上手くいってほしいんよ・・・」


その言葉は、多分、自分に対して・・・

諦めなければいけなかった自分の想いに対して・・・

その結果が後悔であったとしても、自分に嘘をつかないように。

ただ想う事。


俺・・・悪い人間になってみてもいいのかな・・・


自分の弱さの言い訳に諦める事を決めてしまったかもしれない自分に渇を入れる。


「大地・・・俺・・・明日・・・告白しようと思う。」


気付けば、そう呟いていた。

ほんの数秒前までには感じていなかったこと・・・


大切な友達の過去が俺を動かそうとしている。

例え、それが正しい選択じゃないとしても・・・




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