約束:


「イヅル、ちょっと、外出ーへん?」


空がほんのり茜色に染まり、その日の仕事が大方終わった頃、
隊長が僕を誘った。


「外ですか?」

「そうや。浴衣着て、散歩するんや。」


いつもながら突拍子もないことを言う人だ。


「散歩はいいですけど、隊服じゃダメなんですか?」

「浴衣嫌なん?」

「嫌ではないですが、最近仕事づめでしたから、
外に着て行くような浴衣は持ち合わせていませんので。」


ほとんどの時間を隊服で過ごす僕には
寝巻き代わりの浴衣くらいしか必要とせず、
いつの間にやら“よそ行きの服”というものから縁遠くなってしまっていた。


「何や、つまらん子やな。」

「・・・すみません。」


謝るのも何か違う気がしたが、
隊長の声が明らかに呆れているのが分かって、そうせざるを得なかった。


「ええよ。突然誘ったんはボクやし。」


僕が落ち込んだように見えたのか、隊長は僕の頭をそっと撫でて微笑んだ。
呆れていたかと思えば、もう隊長は何かを面白いことを思いついたのだろう、
その声が弾む。


「しゃーないな。ボクのん着てみるか?」

「え?」

「ちょっと多目に裾上げたら着れんこともないやろ?ボクが着せてあげるわ。」

「で、でも、隊長の浴衣をお借りするなんて。」

「ええから。ボクが着て欲しいんよ。」


あまりにも楽しそうに笑う顔を見たら断ることが出来なくなって、
僕はただこくりと頷いた。


「同じ着物やのに、僕が着るんとイヅルが着るんはやっぱり違うわぁ。」


水色の浴衣に黒の帯を締めた隊長が手際よく、僕に浴衣を着せ終わると、
にっこりと微笑む。

白地に紺の柄の浴衣に、臙脂の帯。

帯の結び方のせいだろうか、
なぜか微かに女性のそれのように見えるのは・・・


「これ、本当に隊長のですか?」

「ん?何で?」

「何でって・・・この帯の色に、結び方・・・。それに・・・何より、大きさが・・・」


裾はもちろん、肩の幅も、袖の長さも僕の身体に丁度いい大きさで。

まるでこれは・・・


「アハハ。バレてしもたか。ほんまは、イヅルのために誂えてん。」

「え・・・」

「この間、ボクの浴衣作りに問屋へ行ったんやけど、これが目ぇついてしもてな。
イヅルの金色の髪によぉ似合うやろなぁと思て、買うてみたんや。」

「そ、そんな、勿体無いです・・・僕なんかのために。」

「いや、イヅルのためやないよ。どっちか言うたらボクのためや。」

「え?」

「見たかってん。イヅルの浴衣姿。」


この人のこうゆう言葉にうっかり喜ばされてしまう僕がいる。

もともとただの思いつきで動く人で、
その言葉に深い意味はないと分かっているのに。


「可愛らしわぁ。よぉ似合とる。」

「あ・・・ありがとうございます。」

「女の子みたいで連れ歩くん楽しいわぁ。」

「た、隊長っ、やっぱり!!」

「まぁ、ええから、ええから。ホンマ似合てるで。」

「・・・・うぅ・・・・・・」


何だか妙に気恥ずかしくて、視線を落とし、俯いて、
逃げ出したくなる気持ちを堪える。

この人の眼に長い間、映っているのが恥ずかしい。
何でも見透かされてしまいそうで。


「ほな行こか?」

「・・・はい。」


促す声がして少しホッとする。

いつもとは違う緊張感。

きっと、もう随分前に気付かれてしまっている筈の僕の想いが
速度を上げてまた膨れ上がるのを感じる。

僕はその想いを拭い去るように頭を振って、
帯とお揃いの臙脂の鼻緒の下駄で隊長の後を追った。

いつも隊長の背中を2歩後ろから追いかける僅かな距離。

これ以上、前に進むなんて、たったの1度だって考えたことがなかった。

隊長についていくという安心感を得られるこの居心地のいい距離が
本当に好きだったから。

だけど、いつからだろうか。

僕はその背中を見る度に、
隊長の表情が見えない寂しさも覚えてしまった。




「この辺りでちょっと休憩しよか。」

半刻ほど静かな夕暮れの街を歩いた頃、
2人掛けの長椅子を見つけ、腰を下ろした。


「・・・はい。」


夏の夕暮れの風は少し蒸し暑く、心地よいと言えるものではなかったが、
この浴衣のせいか、なぜかとても涼しく感じられた。


「甘いモン、食べたなったなぁ。」

「甘い物ですか?歩いたからお疲れになりましたか?」

「そうなんやろか。何や無性に食べたなったわ。」


普段なら甘い物が食べたいなどとあまり言わない人だ。

それだけ歩き疲れたのか、
それともまたしてもただの思いつきから生まれた言葉なのか。


「あ、そうだ。いいものがありますよ。」


僕はさっき袖にしまった物を探った。


「これ、どうぞ。」


小さな袋には十数個、
まんまるで口内で転がすには少し大きい飴玉が入っていた。

一つ一つ色が違い、見ているだけでも楽しい。


「団栗飴?」

「はい。とっても甘いみたいですよ。」

「こんなんどうしたん?」

「さっき出がけに草鹿くんに会ったんです。凄く綺麗だから買ってみたけど、
大きくてなかなか溶けないから、すぐに飽きちゃったらしくて。
貰ってと言われたので、お言葉に甘えて頂いてきました。」

「イヅル、こうゆうのん好きやったんか?」

「いいえ、そういう訳ではありませんが、ただとても綺麗だったので。
・・・食べずに見てるだけでもいいかなって。」

「見てるだけ・・・なぁ。ま、ええわ。1つ貰うわ。」

「はい、どうぞ。」


青い線の入った飴玉を袋から取り出して、隊長が口に入れる。

やはり少し大きくて、左の頬が飴玉の形に膨れた。


「・・・クス」

「ん?どうしたん?」

「あ、失礼致しました。何だか、すごく隊長らしくないなあと思ったもので。」

「何が?」

「頬が・・・ふふ、なかなか見れるお顔ではないでしょう?」

「そぉか?」

「ええ。」

「イヅルも食べてみぃ?まあまあ美味いで。」

「あ、はい。」


碧の線の入った飴を手に取ると口に放り込む。
やはり大きくて美味く転がせず、片方の頬に寄ってしまう。


「・・・アハハ。ほんまやなぁ。あんまり見れる姿やないわぁ。貴重やな。」

「え、僕もですか?」

「そうや。いっつも冷静沈着な副隊長さんには不似合いやわぁ。」


じっと隊長が僕を見た。

僕はまた視線をずらす。
どれだけ副隊長として側で仕事をしてきたか分からないのに、
この人にじっと見られることだけはどうしても慣れない。


「やっぱりただ、見るだけやったらあかんのやろうな。」

「え?」

「1度は触ってみやんとな?」

「隊長?」

「これもう飽きた。」


口に入っていた飴を遠くに飛ばすように吐き出して、隊長が言った。


「イヅルのちょうだい。」

「え・・・た、隊長・・・・・んっ!?」


一瞬、何が起こったか分からなかった。

隊長の顔が、すぐ目の前に近づいたかと思うと、
僕の口の中の飴を少し舐めた後、僕の唇をなぞる


「わ・・・わわわ・・・た、隊長ーーー!?」


慌てる僕を見て、にこっと笑った後、口が離れ、顔が離れる。

僕の頭は突然の事態についていけず、呆然とその場に立ち尽くす。


「うーん・・・あんまり味変わらへんなぁ。」


その言葉で、ただ味見がしたかっただけなのだと分かり、
ようやく普通に話せるくらいには平静を取り戻す。


「た、隊長!!ご冗談はお止め下さい。」

「そない怒らんでもええやろ。
味見してみやんとただ見るだけやったら、味分からへんやろ?」

「まだ袋の中にいっぱいあるじゃないですか。」

「イヅルのが食べたかってんもん。」

「・・・そんな事言われましても。」


隊長にとってはきっと、たいした意味を持たないこと。

だけど僕にとってはこれだけの事が本当に大事件で・・・

心臓の音が早くなる。きっと顔も酷く赤い。


「なあ、イヅル。やっぱり見てるだけやったらあかんやろ?」

「え?」

「この浴衣かて、結局、ホンマに似合うかどうかは
イヅルが着てくれんかったら分からんかったしな。」

「隊長?」

「せやから、イヅル、見てるだけではあかんよ。」


隊長が何を言いたかったのか、
さっきのことで頭が混乱していたので、すぐには分からなかったけど、
・・・本当は良く分かっていた。

ただ遠目に見ているだけでは知る由もなかったこと。

それは、きっと今の僕が1番良く知っているはずの真実で―――――。



「あ、ええもん見つけたわ。ちょっと待っとって。」

「?・・・はい。」


隊長がどこかへ歩いていく背中を見送りながら、思う。

本当はもっと近づきたかったのだと。

いつでも傍でお仕えさせて頂ける今は確かに十分幸せだけれど、
後一歩近づいたら、そこにはどんな風景があるのだろうと
知りたかった気持ちがどこかあったことは否めない。
まさかその気持ちを隊長自身に教えられるとは思いもしなかったけれど。

隊長が暫くして何かを手に持って戻ってきた。


「イヅル・・・これ・・・」


僕の髪にそっと挿された薄紫の桔梗の花1輪。


「やっぱりよぉ似合う。僕の見立て、完璧やわ。」

「似合うって・・・僕に花が似合っても意味ないでしょう。」

「その髪に似合うんやからちゃんと意味はあるやろ。」

「はぁ・・・あの、こんなのどこで?」

「あの家の鉢植えや。頼んで貰てきたんや。」

「良く気がつきましたね。僕は全然・・・」

「そんなん当たり前やわ。ボクはいつでも探してるんやから。」

「花をですか?好きなんですか?知らなかった。」

「・・・・ちゃう。そうやなくて・・・」

「?」

「まあ、ええわ。ホンマに似おてるよ。その花。」

「あ、ありがとうございます。」


きっと、貴方が見繕ってくれた物ならば何でも・・・
そう思ったけれど口にはしなかった。

自分にはよく見えないけれど、そこにある紫の花はとても美しい。

夏の夕暮れに貴方と散歩して、ほんの少し近づいたからこそ、
見えなくても分かること。


「そろそろ帰ろか。」

「そうですね。暗くなってしまいますね。」

「帰りは並んで帰ろ。」


手を繋がれ、隣で歩く。

こんな距離で歩く日が来るとは思いもしなかった。

触れなければ分からなかった事・・・・隣で歩いてやっと分かること・・・・


「また、こうやって散歩しよな。」


呟かれた言葉がまた思いつきのもので、
それが決して約束とは言えなくても・・・


「はい。」


いつの間にか、まるで指切りをするかのように繋いだ小指が示してくれた。

ただ、見ているだけではなく、
今僕が、すぐ隣で貴方に触れているという実感を。

―――――今の僕にはそれだけで充分。


でも、たった一つ約束するならば・・・

次に散歩する時は僕が見つけよう。貴方にとても似合う何かを。


そして、僕は再び貴方に触れる。






―後書き―

初のギンイヅ。
透葵の頭に思い浮かぶ偽造甚だしい2人ですが、
楽しんで書けたので満足してますvv

この話に使った桔梗。
イヅルには夏〜秋の紫の花がいいなぁーって思って調べていたら
これを見つけたんですが、花言葉がすごくぴったりで吃驚!!
“変わらぬ愛”“誠実”“従順”ですよ!まさにイヅルの花ですね〜(笑)
ギンはそうゆうの詳しかったらいいなぁー。
あえて意味を言ったりはしないけれど分かってて、渡してたら良い!!
で、イヅルはそんなことに気付きもしないで、
ただギンから貰えるものなら何でも嬉しい子だといいよ!!(笑)