残像:
ーprologueー
1年前のあの日。
僕は恋人の国見明日香を失った。
明日香は幼馴染みで、彼女が生まれつき身体が弱かったことを僕はよく知っていた。それでも、自分にとって大切な存在に変わりなかったから、迫り来る現実を受け入れて、僕等は付き合っていたんだ。
あの日、彼女の最期を見送る瞬間、細く透き通った手を握ると、彼女は小さく呟いた。
『・・・お兄ちゃん・・・』
ショックじゃなかったとは言わない。
彼女にとって、恋人の僕よりも兄という存在が特別だったのだという証明のように思えて、寂しさや虚しさを覚えたのも本当だ。でも僕は、明日香のお兄さんへの想いをよく分かっていたから、それが至極当然の事のように感じられた。
明日香が息を引き取ったのはその直後だ。
とても愛しいと想っていた人がいなくなることは想像以上に苦しかった。彼女の穏やかな・・・だけど徐々に温度を失っていく顔を見ていると涙が止まらなかった。
なのに・・・それなのに・・・僕の心は無意識に明日香とは違う方向へと動き出していた。
そこには、ただぼんやりと明日香を見つめて一滴の涙を溢した綺麗な人がいた。魂の消えゆく瞬間、僕は大切な恋人ではなく、その人の顔を見つめてしまった。
僕はあの日のことを忘れない。―――――あの瞬間の僕の愚かさを忘れない。