残像:

ーprologueー

1年前のあの日。
僕は恋人の国見明日香を失った。

明日香は幼馴染みで、彼女が生まれつき身体が弱かったことを僕はよく知っていた。それでも、自分にとって大切な存在に変わりなかったから、迫り来る現実を受け入れて、僕等は付き合っていたんだ。


あの日、彼女の最期を見送る瞬間、細く透き通った手を握ると、彼女は小さく呟いた。

『・・・お兄ちゃん・・・』

ショックじゃなかったとは言わない。
彼女にとって、恋人の僕よりも兄という存在が特別だったのだという証明のように思えて、寂しさや虚しさを覚えたのも本当だ。でも僕は、明日香のお兄さんへの想いをよく分かっていたから、それが至極当然の事のように感じられた。

明日香が息を引き取ったのはその直後だ。
とても愛しいと想っていた人がいなくなることは想像以上に苦しかった。彼女の穏やかな・・・だけど徐々に温度を失っていく顔を見ていると涙が止まらなかった。


なのに・・・それなのに・・・僕の心は無意識に明日香とは違う方向へと動き出していた。
そこには、ただぼんやりと明日香を見つめて一滴の涙を溢した綺麗な人がいた。魂の消えゆく瞬間、僕は大切な恋人ではなく、その人の顔を見つめてしまった。



僕はあの日のことを忘れない。―――――あの瞬間の僕の愚かさを忘れない。





<登場人物>
川原柚希(22)
過去の罪悪感に囚われ、時間が止まってしまった青年。亡くした恋人・明日香の兄、奏一に惹かれる気持ちを隠すために、幼馴染みの涼平に縋って生きている、半ばヒモ状態。もともとは多少、社交性が乏しいものの、真面目でまっすぐな性格だったが、現在はそれまでの柚希の面影を消すように完全に対称的な日常生活全てにおいてルーズな自分を演じている。涼平に対しての口調が安定しない。

国見奏一(27)
柚希の幼馴染みで恋人だった明日香の兄。柚希が実家住まいをしていた頃は家族ぐるみで交流のあった柚希を弟のように可愛がっていた。温和で人当たりがよく、家族想い。母親の影響で柚希のことを“ゆーくん”と呼び、柚希からはカナさんと呼ばれている。柚希が妹の死で傷つき、実家を離れたと思っているため、柚希のことを心から心配していた。

秋野涼平(23)
柚希と明日香とは幼馴染みで親友だったが、いつしか柚希を恋愛対象として見るようになってしまい、明日香への罪悪感から2人の側を離れて、一人暮らしをしていた。その後、明日香の葬儀で柚希と再会し、傷ついた柚希を放っておけず、半年後、一緒に暮らすことに。会社の営業マンとして働きながら無気力な柚希を助けている。誰かを好きになると、とことん一途で、傷つけるよりも傷つけられる方を選ぶ損な性分。



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