残像:1


「りょーちゃん、今日、帰ってくんの早いー?」
「いつも通りだな。」
「そー。分かったー。」

毎日見ているはずなのに、ピシっとスーツを着て、ネクタイを締める親友の姿はまるで自分の知らない人のように思えて、慣れる事はない。

「ゆず、買い物行っといてくれよ?冷蔵庫空っぽだから。」
「ん、分かったー。今晩、何食べたーい?」
「お前の好きなもんでいい。」
「はーい。OK!期待しててねーん。美味しいご飯作って待ってるからー。」
「はいはい、行って来る。」
「いってらっしゃーい。」

自分でも吐き気のしそうな甘えた声。
信じたくはないが、これは紛れもなく、今の自分から発された声だ。



あれから1年が経っていた。
それまで作り上げてきた川原柚希という人格は脆くも削り取られて、今、僕に残され、在るものは、一生、その中心を埋める事の出来ない空っぽの身体だけだった。


涼平を送り出し、残された部屋で小さく息を吐くと、ふと思い出したように壁のカレンダーを見つめた。

“もう、1年か・・・”

本当にあっという間だった。彼女が亡くなって、葬儀・埋葬と慌しく行われた後、気負っていた何かがぷつんと途切れた。何もする気が起こらず、部屋に篭っていた自分に襲ってきた耐え難い虚無感。とにかく温もりが欲しかった、それをくれる人物は誰でも良かった。

そう思うのに、目蓋を閉じると浮かぶのはあの人の笑顔だけ―――――そんな自分に嫌気がさして、全てから逃げ出し、いつしか辿り着いた場所は最低の自分を自覚するには十分だった。



僕が涼平の家に転がり込んで、もう半年になる。





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