残像:7


「たった1年なのにね、一瞬分からなかったよ。」

歌うように優しい低音―――――明日香がそう話していたのを覚えている。その一時は何もかも委ねて甘えてしまいそうになる声。
僕より10cm程高くから少し見下ろすように微笑む笑顔。茶色がかった黒髪と瞳、薄い唇、細く尖った顎・・・あの人が僕を見ていた。

「奏一さん・・・」

そう名前を呟くと、彼がにこりと笑った。そして・・・

「昔みたいに呼んでくれないの?」

そう言った。
何も知らないが故の温かい言葉・・・それは本来、僕に向けられるべきものではない。けれど、僕は、まるで罪を許されたかのようなその響きを得て、甘えるようにその名を唇に乗せた。

「・・・カナさん。」
「そう、それそれ!…久しぶりだね。」
「お久しぶりです。」

カナさん、僕がつけた愛称。歌うような声にぴったりの綺麗な名前。
今だけ・・・許されるのであれば今だけはその呼び方で呼んでおこう。もう呼べなくなるかもしれないから。



僕等が降りる駅のアナウンスが入り、僕は仕方なく降りる決心を固めた。

「じゃ、行こうか?」
「はい。・・・そうですね。」


誘導する彼の声に、僕が逆らえるはずなんてなかった。
この人はあの日の横顔の持ち主・・・そして“明日香のお兄さん”なんだから。

 
  

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